先日の産経新聞に「歯科インプラント手術を安全に」という記事があり、日本でインプラント手術用医療器具サージカルガイドを高精度に量産する技術の開発に成功したということですが、これはどのようなものなのでしょうか?
歯科インプラント手術を安全に・・・ (産経新聞より全文記載)
科学技術振興機構 医療器具を量産化
科学技術振興機構は、大阪大学大学院歯学研究科の荘村泰治教授らの研究成果をもとに和田精密歯研(大阪市淀川区)に委託していた、コンピューター断層撮像(CT)画像から歯科インプラント手術用医療器具サージカルガイドを高精度に量産する技術の開発に成功した、と発表した。サージカルガイドは一般医療機器の届出番号を取得済みで、同社が2月7日に販売を開始した。 歯が欠損したり、両隣に歯がない場合の治療法として、人工歯根をあご骨に埋め込んで人工の歯を装着する歯科インプラント手術が普及している。しかし、歯科医の勘と経験によるため、医療事故や不適切な処置の事例も増えている。 新技術は、CTで撮影した患者のあご骨部の画像から3次元画像を構築。コンピューター上で患者の残存歯や骨の状態に合わせて人工歯根の最適な埋め込み位置をシュミレーションし、そこにドリルを導くサージカルガイドを設計できるもの。 通常は患者の口腔内に金属による修復物があればCT画像が乱れて正確なあご骨像が分からなくなるが、石膏歯型に装着するCT撮影用キットによって正確な3次元画像を得られる。また、蝕力覚感知デバイスを利用することで、埋め込みたい場所に応じた立体表面の硬さや弾力などを擬似的に感じながら、穿孔位置の探索ができる。 インプラント手術は歯肉を剥離して行うことが主流だったが、骨や神経の位置を高精度で確認して事前に検討しているため、患者負担の軽減につながるという。
この、記事に載っている和田精密歯研という会社は歯科医療界では名の通った会社です。しかし残念ながら、この会社の作ったサージカルガイドの詳細は分かりません。
実は当院ブログでも以前にご紹介させていただいたように、サージカルガイドやオペレーションガイドというものは決して新しいものではなく、世界のいくつかの国ですでに開発されているものなのです。理論上はインプラントの手術をより正確に行うためのものとされているものです。実際に私たちの医院でもその開発に関わりを持つことがありましたので、そのコンセプト、利点、欠点はある程度理解できています。
実際に、サージカルガイドは、その利点欠点を十分に理解し、適応できる症例を適切に選択し、使用方法を守ることで、治療計画の精度を高め、ある程度患者さんの負担軽減や、インプラント体の埋入位置の精度を高めるのに役立つものだといえます。
確かに、この記事に書かれているように「インプラント手術というものは歯科医の勘と経験による」ことはある意味では事実です。が、その後の「そのために医療事故や不適切な処置の事例も増えている」というのは少し納得いきません。産経新聞の記者さんごめんなさい。
この表現は「インプラント手術というものは歯科医の勘と経験に頼らざる部分もあるため、経験不足の歯科医や技術、知識の伴わない歯科医が手術を安易に行うと危険な場合があり、最近、さまざまな要因が伴い、医療事故や不適切な処置の事例も増えている」とするべきではないでしょうか?
これも私たちのブログでは、よく触れていることなのですが、最近、インプラントを取り巻く環境は、決して良い方向に向かっているとは言えないのです。商業主義が蔓延し、インプラントメーカーのほとんどは、インプラント関連商品を「売れ売れ」と言わんばかりの勢いです。
以前なら、多少なりとも教育、研修を受けた歯科医師が、インプラントに携われるようになるというシステムがあり(それだけで十分とはいえませんが)、それが一つの試金石になっていたのかもしれません。実際にその研修には、ある程度高額な費用と研修日数が必要でした。
そういったものすら一切なくなり、歯科医師ならばだれでもインプラント手術ができるようになっている現状は、もろ手をあげて賞賛できるとは思えません。
過去のシステムも確かに、時間と費用がかけられる一部の歯科医師だけに限定されるということが、正しいハードルであったか?と問われれば、決してイエスと答えられません。
これは、簡単に答えが出せるような問題ではないとは思いますが、今後歯科界の代表?あるいは、インプラントにかかわる見識のあるそして立ち位置のしっかりした人間たちの間で議論が必要だと思います。
また、あるインプラント関係者から、話を聞いたのですが、昨年、新聞報道でも取り上げられたインプラント治療に伴う事故の発表のあと、それまで何度かインプラント手術を行っていた若手の歯科医師が、あわてて解剖学の本を読みだしたといことがあったそうです。
もし本当なら愕然とします。このようなことなど、私たちには、考えられないことなのです。インプラントを勉強するには、解剖学を学ぶことは必須条件です。それをしないで、インプラント治療に携わってしまうという事実が実際にあるのかもしれません。そのような状態の歯科医師が、インプラント治療をすれば、それは事故も起こすでしょうし、問題も起きます。
こんなお話をするのは、単に現状を嘆きたいためでも、暴露話に興じたいわけでもありません。ましてや、新たにインプラント治療に取り組んでいる歯科医師たちの努力を否定するつもりもありません。いまでは、インプラント治療の大家となっていられるような歯科医師でも、はじめは皆初心者だったわけですから、これからもたくさんのすぐれた歯科医師が育っていくことはとても重要です。
しかし、残念なのは、インプラントを取り巻く環境でこのようなことが起こってしまっていること、それは、おそらく一部であろうということ、そして、それは単に歯科医師だけの問題ではないということ、他には、一生懸命勉強し、努力している歯科医師もいるということ、それが一つにくくられて表現されてしまう可能性があるということです。
この辺のことになると話が止まらなくなりますので、今日はこの辺にさせていただき本題に戻ります。
先ほどもお話した通り、サージカルガイドは理論上、優れている点が確かにあるのですが、それとて、使う医療者が正確に使用しないと問題を引き起こすこともあり、実際に、CT撮影から、サージカルガイド作成、そしてそれを手術に利用する段階で、ヒューマンエラーが起こり、極端な表現になるのですが、サージカルガイドを使用し、それを鵜呑みにしたまま、頼り切って使用したために、本来はそれを防ぐために使用したにもかかわらず、不適切な場所へ埋入や神経の麻痺等が起こってしまった事例の報告もあるのです。
ですから、現在でもサージカルガイドも発展途上の技術であること、そしてそれが、問題解決のすべてではないということです。
以前にもお話ししましたが、新しいものが出てくると、それがあたかも夢のような技術が開発されたように表現されてしまうことがあります。しかし、技術もそして人も磨かれて初めて本物となっていくのではないでしょうか?
この、和田精密歯研の開発したものは後発となるため、以前のものの欠点をなくすような形で開発されているでしょうから、楽しみなものの一つではあります。
しかし、いま、私がサージカルガイドについて思うことは、使い方を間違わなければ有用であるが、それに依存したり、頼り切ることはとても危険で、やはり使用する側の経験がものをいうのではないでしょうか?
たとえれば、車のオートマティックトランスミッションのようなものと言えるかもしれません。初心者にとってオートマでの走行は広い道、走りやすい道ではとても便利で、運転に慣れるためには、大変有用ですが、いきなりサーキットでレースをすることは、危険を伴います。サージカルガイドも簡単な症例から少しずつ修練していけば、それは大変有用になるでしょうし、ベテランにとっても難しい症例やフラップレス手術の大きな助けとなると思います。
当院でも、サージカルガイドを用いた手術も可能ですが、特殊な手術法(フラップレス手術)を行わない限り、通常の症例では必要ないと考えています。
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